かわいい それとも セクシー!?

小さな頃から私は“可愛い”と言われてよろこぶような子ではなかった。いつも男の子、そしてボーイッシュな女の子とばかり遊んでいた私は、“可愛い”=ぶりっ子が言われて喜ぶ、又はとてもか弱いイメージで好きではなかった。自分からさけてきたのか、それとも自然とそうだったのか、一般的に女の子らしい事や物が好きではなくて、今でもpinkは女の子っぽ過ぎて自分が好む色ではないのはそんな感情からきているのかも!?

15歳の時から生活の拠点を国外に移した私は、2006年久しぶりにダンサーとして日本で暮らしていた時、とてつもない逆カルチャーショックをうけた。ダンサー、講師やパファオーマーとして仕事をしていた私は、あるクラブイベントでの出来事を明確に覚えている。女の子だけのグループがステージに上がり踊り始めた時、観客皆が口を揃えて言ったのは “可愛い〜♡”の歓声。女の子、という表現をしているけどステージに上がったのは立派な大人の女性。でも、皆は口々に“かわいい〜♡ かわいい〜♡”と歓声を上げ、私は呆然とした。“私だったらあんなにかわいい〜かわいい〜なんて言われたら恥ずかしいし嬉しくないな…と。”ちなみに、私のやっていたユニットは他ではない大人のエンターテイメントをテーマにしていたし、私よりも8つも上の方と組んでいたので、歓声は基本的“セクシー”とか“かっこいい”だった。

可愛いってとても日本独特の美の表現で言葉だと思う。私がここで言っている“可愛い”は赤ちゃん、子供、そして動物に使う“可愛い”ではなくて、女性の褒め言葉、大人の女性の褒め言葉として使われている“可愛い”。2009年雑誌AneCanで“大人かわいい”という言葉がうまれたけどその大人の女性の褒め言葉、大人かわいいはとても日本独特だと思う。“年齢を重ねても美しくいたい”と思う気持ちってとても素晴らしいと思う。でも、なんで可愛いなの?

日本の美というとなぜだか伝統的な日本の美のことが頭によぎる人が多いと思うが、私はあえて21世紀、近代文化の中の日本の美意識にスポットをあててみた。どうして日本ではセクシーじゃなくて可愛いなんだろう?人それぞれ可愛いの解釈はあると思うけど、可愛い女の子のイメージって守ってあげたいとかちょっと頼りがいがないとか純粋なんだけど少し弱いイメージがある気がする。それとは反対に、セクシーな女の子のイメージって(セクシーだと女性の方がしっくりくる気がするけど…)外見だけでなく中身も少しミステリアスで自立心がある、なんだかたくましい女のイメージがある。あえていうなら、男性にも社会にも立ち向かってしまうようなそんな女性。

私は個人的に可愛いといわれるより、セクシーの方が心地がいいし、褒め言葉としてすんなり受け入れられる。正直言って、私は“可愛い”なんて言葉似合わないと思うし、“可愛い”より“セクシー”になりたいと思っている。15歳の時に親元を離れて国外で生活しただけでなく、小さな頃からガキ女大将みたいだった私は、自然とセクシーの方に魅力を感じてしまうのだろうか?女性の社会進出が日本でも進んでいるけど、可愛いから見る日本はやっぱりまだ女は頼りがいがなくて男から守られる、守ってあげたいと思われる存在じゃないといけない社会なのかな?と思ってしまう。そんな反面、女の子の思う可愛いと男の子の思う可愛いにギャップがあるのも事実。 日本人の考える可愛いって一体なんでどのようなパワーを持っているのだろう?日々何回も口にするその言葉、一体可愛いの秘めた日本の美には外見だけでは分からないどんな深い意味が隠れているのだろう?

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