愛子様の不登校から

春ですね〜。
桜も満開のところが多くなったようで、いいですよね〜。
フレッシュスタートの春!
壁に貼付けられる自分の名前、友達の名前、先生の名前をドキドキして探してちょっと緊張して新しい教室に足を運んだとっても、とっても大昔のことを思い浮かべると、胸が暖かくなります。

みなさんは愛子様が腹痛を訴えて、春休み前に、少し学校を不登校されていたというニュース、聞きました?
同級生の男の子で、ちょっと乱暴な子がいたらしく、それが原因かどうかは、はっきりしていませんが、不登校。
その後、雅子様といっしょに登校されたようです。

今年、小学3年生になり、クラス替えがあるそうなので、どうなるのでしょうか。

登校拒否は、その受け入れ態勢は、進んでいるようですが、増加傾向は変わっていないのでしょうか。
実は、このニュースを、ある知人に言った所、不登校させるのは甘やかしだ、という意見が帰ってきました。
親は、なんとかして子どもを行かせるべきだ、というのです。

皆さんはどう思いますか?

不登校にも、個々によって、ケースがことなっているため、一概にしてこうだ!とは、言えないと思います。
でも、私的には、ちょっと様子みて‥。
と、思うのですが、甘いのかな?

“愛子様の不登校から” への5件のフィードバック

  1. joycegrace24 より:

    私もネットでそのニュースを見ました。
    私は2人の子供をアメリカで育てたし、日本とは事情が違うし、教育者でもないので あくまでも一個人の意見ですが。。。。
    学校ってそんなにものすごく大事な場所じゃないって思いました。

    だから子供に我慢して欲しくないです。
    原因を突き止め 対処方法を考え 規律を正しても 人の気持ちは簡単に切り替わりません。
    子ども自身が事情を納得して 次のステップが踏めるまで待つべきです。

    もちろん 小さな子供を学校という場所で集団生活させるメリットはたくさんあります。社会性を身に着けるというのはその際たるものだと私も思います。
    ただ 学力をつける方法は 今の時代 学校以外でもどうにでもなりますよね。特に皇室やお金持ちの人たちは行く必要は本当はないのです。彼らにとって 子供の学校は一種の人脈やコネつくりの場所ですよね。

    私が、子供の教育をアメリカでと思ったのは 日本の学校のいじめのあれこれを聞いた時に 恐怖を感じたというのも理由のひとつです。今の日本も日本の子供も怖いです。アメリカでもいじめはありますが、ちょっと種類が違うように思います。

    アメリカ特にNYは いろんな宗教や民族の寄せ集めなので 違っていて当たり前。それが大前提です。
    それが居心地のよさにつながります。自分にとって居心地のいい場所は自分で探す。。。。それができる。

    子供は遅かれ早かれ 大人になります。現在90歳の寿命が近い将来120歳になるかもしれないそうです。
    子供のときのいじめのトラウマなんかで 長い貴重な人生 つぶされたらたまらないと思っています。

  2. MO333 より:

    joycegraceさん、深いお返事ありがとうございます!
    日本国内での登校拒否問題とアメリカでのそれとは、少し、異なっていますよね。

    日本とアメリカのいじめ。
    違いながらも、結構似ているのかも?
    ネットをつかっての陰湿なイジメも結構あるみたいです。
    でも、日本よりはバリバリ明らかかも。
    でも、環境が結構大きいですよね。
    受け入れ態勢も。

    それから、文化。
    日本って、逃げ場がない。
    みんな(学校、教育委員会の職員も含めて)隠して、私達は何も知らなかった。
    知っていても、私の責任の範囲ではないって、流されてしまう。
    愛子様は皇室でマスコミのちょっと勝手な眼が絡んで保護的な情報が報道されていますけれど、
    彼女も小学校3年生になる子ども。
    その親も人間。(当たり前かもしれないけれど??神様じゃあないし????)
    雅子様も母親、そして女、一個人の人間、個人として生きながら戦われておられるし。
    皇室は(未だに)別世界?階境なのかもしれないけれど。

    押すか、待つか‥。
    どうでしょう?

  3. SaYaHa より:

    愛子様の事は知らなかったのでここで初めて知りました。

    個人的にとても興味のあるトピックです。なぜなら私も不登校の経験が小学校の時、そして中学の時あるからです。この話を始めると長くなりますが、私は不登校が原因で講演会などで子供の立場として親と話したり、某有名な夜10時からの番組でも数回取材された事があります。MOさんの知り合いの意見、結構一般的だと思います。私の父もそうでしたし。なので、今だからこそ仲良しですが(仕事以外にも恋愛の話なんかもしちゃうので)、中学の時は2年ほど父とは全然話しませんでした。だだ、私の母はとても理解のある母で、日本は義務教育ですが、ホームスクールの様に私に色々選択をさせてくれ自由に好きな事をして中学は学びました。

    ちなみに、小学2年生の終わりに数週間私も愛子様と同様な事で学校にいきませんでした。私の場合は小学三年生のクラス替えでいじわるをしていた子と違うクラスになり先生にも恵まれ、素敵なクラスメートと机を並べ3年生から楽しく学校に通えました。それ以外も私は幼稚園から小学校にあがった時近所の町から引っ越して来たのでその時も上級生に目を付けられていじめられたのを覚えています。その時はその子が帰り道私を泣かせる様な事(手を出したんだと思いますが)もあり親と先生も出て来てまるくおさまりましたが、何気にまわりも見えるいじわるだったのである意味助かりました。

    ただ、中学に入ってからのいじめは陰湿で、中学に入ってから私は1年生の3学期から登校拒否を徹底しました。最初は行けなくなりましたが、途中からは私の判断で ”今の日本の中学の、教育のやり方は私に合っていない”と理解し、中学の2年間はホームスクール的に自分で色々していました。ただ、いじめでの傷は癒えるまで時間がかかり、ストレスから拒食症や過食症になったりを13歳から18歳まで繰り返していました。それに、よく悪夢にもうなされ、人と会うのが怖くなり数ヶ月引きこもりになっては、外に数ヶ月出てまた引きこもりをしていた事もあります。ただ、私は本当に母親がいてこの状況を抜け出せました。”いじめられた子にも原因がある”なんて事を言う人がありますが、私はなんてバカな事を言っているんだと思います。喧嘩といじめは違います。何があるにしろ、言葉で暴力でのいじめはけっして許してはいけないと思います。母は常に私の見方でしたし、父は誇りに思っていた娘(成績がよくスポーツができた娘は父の誇りだったんですね〜。今もですがw)が学校に行かないと言って私にどうして接したらいいのか分からず父とは話さないか口論になるだけでしたが、父親も学校に、私の担任に講義に言ってくれたりいろいろしてくれましたし。いじめにあって不登校になった子に沢山あってきましたが、皆よく言うのが家に居場所がないと言う事です。なので、もうお子さんがいる女.comのメンバーさんはぜひ時間をかけてでも子供と向き合って話を聞いてあげて欲しいですね。

    そして、もう一つ。ちなみに、私は中学1年生の3学期から日本の教育は受けていませんが、海外の高校に言った時、日本の高校に行っている学生よりも成績が良かったですし、その後大学も大学院もトップの成績で卒業して今があります。私は学ぶ事が好きなのもありますが、やりたいと思う事があれば少し学校に行かない時間があったって後からなんでもできます。学校だけが全てじゃないです。2年間家でいた時間に家事の全てを学び、学校では教えてくれない事を自分自身そして家族や大切な友達から学びました。中学の大変な時一緒にいてくれた友達は今でも小学校を通してなので20年以上の付き合いです。

    長くなりました〜♪

  4. MO333 より:

    清葉さん、
    返信を読み、ドキドキしながら読み、心からありがとう。と言わせてください。

    実は、私も、愛子様のことを人事のように書いたのですが、この私、本人も登校拒否児でした。
    結構まだまだ知れ渡っていなかったときで、それでもってど田舎の商売屋の娘の私。
    ずいぶん家族に申し訳ないことをさせて頂きました。

    私は中1の夏休み明けから中3までほっとんど学校に行きませんでした。
    いじめは無かったのに、息切れ?
    みんなと一緒にやっていけなかった。
    先生、両親、その他多数の人からのプレッシャーは、毎日毎日、毎分毎秒感じながらも、どうしても行けなかった。
    居場所がない。
    まったくその通り!
    外に出て、誰かにあったら!?という以前にも、
    この家、地域、国、世界からも受け入れられていない孤独感を常に感じていました。

    私もホームスクールというか、独学で通し、高校、大学は通信を兼ねて卒業させて頂きました。
    本当、学校だけが全てじゃない。
    同年齢の子どもたちとのリレーションシップは、すごく、スゴック大切だけれど、
    それは、学校だけじゃなくて、他の場所でも経験する事ができる。

    はっきり言って、あのとき、学校に行かなかったから、体でしか表せなかったけれど、嫌だ!ノー!!ということをいえて良かった。
    あのときがなかったら、今の私は存在していない。

    しかし、
    しかし!!何を言っても解らない人には、わからない。
    説得しても、どう踏ん張っても、わからない人にはわからない。

    母は私を支えてくれていましたが、父は‥。
    今は、今の私があるから少しずつ諦めというか、受け入れ?てくれています。

    清葉さん、本当にシェアしてくれてありがとう。
    わたしの方からも、どうか、女の皆さんは症状、学校に行けないという状態だけでなく、その子の心を聴いてやってください。
    時間って、ものすごい力があると思います。
    なぜ?じゃなくて、そうか、ちょっと待ってみよう、というふうに。

    そしてそして、私も中学のあの暗黒時代のときも一緒にいてくれた友達(こちらも幼稚園、小学校からの縁なのですが)未だに切っても切れない親友です!!

  5. SaYaHa より:

    MOさんも不登校の経験があるんですね。”ありがとう”なんて全然!! 私は全て今まであった事があり今があると思うので、不登校をしていた時もとても大切な私の人生の一部です。ぜひこのサイトを通してお母さん、これからお母さんになる方、不登校を経験した事でまだ前に進めていない人、そしてもしかしたら今不登校を経験している子に少しでも勇気と希望を与える事ができたらなんて思うので、胸をはってどこでもどうどうと不登校の話をしているんです。

    不登校にも色々ありますよね。私はある意味学校の優等生でした。母親は私の食事の変化やストレスを家で感じ取っていたようで、”明日から学校をお休みしたい。”と言ったらすんなり理解してくれましたが、父を含め、学校の先生、そしてクラスメートは成績優秀、スポーツ万能、そして学級委員の子がいきなり学校を休み始めたのでかなり驚かれました。私の場合はいじめもありましたが、”息切れ”という言葉、私も同じような感覚でした。私は息切れよりも、息できなくなっちゃうような状況までいったこともありましたが(汗)

    ホームスクールは日本にはないので、私は家事を全部引き受けたり(調子の悪い時は何も手につきませんでしたが)本を読むのが大好きな私はシャーロックホームズの本を全巻読んだりなど、個人的なやり方で何かを常に学んでいました。小さな頃から人が好きで好きでしかたがない私は正直友達とあえない時間、そして両親共働きの為家で一人の時間が寂しくてしかたない時も沢山ありました。でも、その時自分に出来る事は何かを考え少しずつ外に出る時間を増やし夕飯の献立を工夫したり、皆が学校に言っている最中にスーパーに出かけ夕飯の買い出しをしたり小さなお母さんをやっていました。今は少しずつカウンセラーさんの数も認識も日本では高まっていますが、私が中学の時はまだまだで、基本的根本的な学校の問題が解決しないにも関わらず、無理にでも学校に戻そうとしていたカウンセラーさんなど嫌な経験もありましたが、本当学校にいかなくなっての中学の2年+は私のそれからの生き方に大きな刺激を与えてくれました。

    MOさんも私も母親という強い見方がいましたが、愛子様はど〜なんでしょうかね。お家柄変なプレッシャーがかからないといいものです。天皇陛下のご家族ではなく、一家族としてメディアのプレッシャーなど感じず誰かが手を差し伸べてあげられるといいですね。不登校になった子の話を聞くと、誰も家に見方がいなかった。。。なんて事をよく聞きます。自分の事を100%で受け止めてくれる家族にサポートしてもらえない時の寂しさ、辛さは本当にしんどいです。愛子様にかぎらず、誰もが子供に手を差し伸べて欲しいです。

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