私の母

母は私を30歳で私を産み、私が小学校へ上がると同時に、当時はまだ珍しかったインテリアコーディネーターの資格をとることを決め、専門学校へ入ったと聞いています。 私の記憶での母は、すでに仕事を持ち、いつも忙しく、帰りも遅く、家にはまずいない、そういう印象です。 学校卒業後は見事インテリアコーディネーターとなり、就職、その後は自身が卒業した専門学校で講師を勤めたり、フリーランスとして会社を起こしたり、60歳を過ぎた今も会社から引き止められ、現役として日々活躍しています。

子供の頃、そんな忙しい母に対し、寂しいとか、もっと一緒にいてほしいと思った記憶はなくて、逆に仕事をして、いつも綺麗な服を着て、お化粧をして出て行く母を自慢に思っていたように思います。そんな母に褒められたい、忙しい母の助けになりたい、そう思って大きくなった気がします。

ただ、自分が同じ親となり、娘を持ってから少しずつ考えが変わり、母のように幼い子供をおいて、毎晩深夜まで働くことは私はできない・・したくない・・。少しずつ当時の母の行動を今更ですが疑問に思い始めました。そしてこれまた今更ですが、子供の頃の私はやっぱり寂しくて、母にもう少しそばにいてほしい、一緒に何かをしてほしい、そう願っていたんだと気付きました。その反動でしょうか、子供に対して、なるべくそばにいてやろう、仕事よりも子供を優先しよう、そう自然に思っている自分がいます。

しかし、昨年の今頃突然こう思ったのです。 自分の娘もこの春から小学生・・・あの頃の母はまさに今の自分と同じ状態で、全く知らない新しい世界に飛び込んだんだなって。この歳で経験したことがないことを、高校を卒業したばかりの若い子達に混ざり学び、習得する・・・。想像したらものすごい努力が必要だったろうなって。今の自分にそんなことができるだろうか?って。

あの時母に与えられたチャンス、それは遅ればせながら彼女に与えられた人生のギフトで、彼女はそれを受け取り、努力して自分のものにした。 子供としての私はまだ少なからず彼女に対して何か言いたいことはあるように思うけど、一人の人間として、同じ子供のいる36歳の女性という立場からすれば、やはり尊敬に値すると。

いつか機会があったら、どうしてあの時、コーディネーターを目指したのか、どういう思いではじめたのか、どんな困難や苦労、そして楽しみがあったのか、同じ一人の女性として、ワインでも飲みながらきいてみよう、そう思いました。

そしていつか、本当は寂しかったんだよって、素直に言える日がきたらいいな

“私の母” への2件のフィードバック

  1. akimbo555 より:

    私は子供はいませんが、子供を持つということの一つには、親の気持ちを理解するということなんだと思いました。そして、子供と一緒に自分もまた成長していく。自分が通ったことがあるところを、またもう一度経験するみたいなことなのかなーって。想像だけだけど…

  2. itsukakitto より:

    コメントありがとう。まさにakimbo555さんの言うとおりです。
    自分が親となってみて、自分の親のことをあらためて考えたり、自分の子供時代をふりかえったり。
    親のようになりたくないと思っても同じようなことをしてしまっている自分がいたり、自分ができなかったことを子供に求めたり・・・そんなときは自分の未熟さと、それと同時に自分の親もまた一人の未熟な親だったのだと気づかされます。
    これらの経験は親になって知ることができたし、自分にとっては必要なことだったと感じています。

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