17歳の分岐点

今年で34歳になる私の人生観を変えた17年前の出来事。

高校2年生17歳の時。当時の私は我がままで愚痴や不平ばかり言っていて学校もさぼり高校退学も考えていた。3歳から始めたピアノも音楽大学への道も諦め私には才能も可能性もないと落込んでいた。自信もなく人の悪口をいったり親に反抗したり、とにかくネガティブ思考な毎日を送っていたそんな私に当時付き合っていた年上の彼氏から障害者のボランティアに参加してみたらと勧められ軽い気持ちで参加することになった。

その数週間後市が運営している週末泊まり込みの障害者と触れ合うキャンプに参加した。それまでに障害を持つ方と触れ合う機会は皆無だったので正直言って参加する前日不安だったのを今でも鮮明に覚えている。

二人のボランティアが一人の障害者を担当するキャンプ。私が担当させていただいのは36歳で半身不随、言語障害があり車椅子で一生を過ごしている方だった。彼は不自由な腕を一生懸命動かし”ひらがな表”を使って私と意思の疎通を取る。食事の手伝いは彼が懸命に指したひらがなを追って理解する。

「、、、、、に、、、、、、、、く」

「はい、お肉ですね」お皿で小さく切った鶏肉をスプーンで彼の口に運ぶ。彼の満足そうな笑顔。

食事の後会話の時間があり彼はひらがな表を使って私に話しかけてくれた。

少なくとも30分はかかった会話。

彼「せ  ん  げ  つ  は  つ  ら  か  っ  た」

私「どうしてですか?」

彼 「は  は  が な く な っ た」

私「、、、、、」

そして次の彼の言葉が私の人生観を180度変えることになる。

彼「ぼ  く  の   せ   い  」

その言葉を聞いた瞬間自分の中で何かが爆発した。 今まで不平や愚痴ばかりいっていたこと、才能がないと不平を言って自分の可能性を自分で殺していたこと、五体満足の体に感謝さえしていなかったこと、全ての恥と後悔が心を突き刺し彼のまっすぐな瞳を見返す事が出来なかった。

全てが与えられている間、そのありがたみを理解したり感謝することは難しい。このことは誰にとっても人生の課題だと思う。

17歳の時のその出来事があってから私の辞書から行動を起こす前に諦める事、不安を抱き行動しない事、自分の可能性を否定することは全て消去されることになる。誰に何を否定されても自分の可能性を信じて自分が正しいと思っている事やりたいと思ってる事を彼の教訓のもとに全て行動に移して来た。

怠け者だった高校2年とは一転し高校3年生の時は海外青年派遣の試験を受け皇太子様、雅子様のご接見の後アメリカに留学、モデルのオーディションも受け、モデルとして働き、卒業後はバークリー音楽大学への奨学生オーディションを受け今ではアメリカにて音楽家としてとても充実した日々を過ごしている。

その出来事から17年経った今も彼のメッセージは私の心に強く響きこれからの私をずっと支えていくであろう。そして彼から学んだ信念が私を通して出会う友達の間で共鳴し、今こうして私の記事を読んで下さっている方にもなんらかのメッセージを送る事が出来たら嬉しい。

この記事が彼への少しでもの恩返しになれればと謙虚に思っている。

コメントを残す